ぐるっと館山巡り☆三義民刑場跡とお墓!

館山市国分にある三義民刑場跡に行ってきたぉ。

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(三義民刑場跡)

正徳元年(1711年)に起きた一揆で、3名の名主が処刑された場所だっぺ。

北条藩(藩主・屋代忠位)1万石の領内で起きたことから「万石騒動」と呼ばれ

江戸時代の代表的な農民一揆とされたぉ。

発端は、元禄16年(1703年)に発生した元禄大地震だっぺ。

館山平野は河川や用水路などに甚大な被害を受けたぉ。

北条藩は災害復旧に向け財政を立て直そうと土地の修復に努めたっぺ。

その事業の中で農民に無償労役を課し、その上年貢を倍増するという

農民にとっては耐え難い負担を強いられたそうだぉ。

その中心人物となったのが家老の川井藤左衛門だっぺ。

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とうとう農民は不満を爆発させ、江戸幕府まで訴え出たぉ。

これに危機を感じた川井は、農民側代表者の名主3名(湊村・角左衛門、

国分村・長次郎、薗村・五左衛門)を捕えて処刑したっぺ。

更に処刑した名主の妻子を追放し、家財を全て没収したそうだぉ。

農民たちの怒りは頂点に達し、再度幕府に直訴したっぺ。

これにより訴えが認められ、正徳2年(1712年)に川井は死罪、

藩主・忠位は改易となり農民側の勝訴となったぉ。

処刑された3名は、三義民として末永くその恒徳が称えられてるっぺ。

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(三義民の墓)

領民たちは国分寺に墓を建て手厚く弔ったそうだぉ。

刑場跡と墓は館山市の指定史跡になってるっぺ。

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刑場跡には、 郷土の誇る農民たちの団結力と精神を「義のこころ」として

後世に残すべく300回忌の法要に合わせ「義の伝承碑」が建立されたぉ。

毎年11月26日の命日には「命日祭」が行われてるっぺ。

所在地:刑場跡 館山市国分99

     お墓 館山市国分959-2国分寺内

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